神戸地方裁判所 昭和59年(ワ)90号 判決 1985年11月27日
原告(反訴被告)
小関裕子
被告(反訴原告)
浅野剛男
主文
一 原告の本訴請求を棄却する。
二 原告は被告に対し、金五一六万〇五六〇円及び内金四六九万〇五六〇円に対する昭和五八年七月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告のその余の反訴請求を棄却する。
四 訴訟費用は本訴反訴を通じ五分し、その一を被告の、その余を原告の各負担とする。
五 この判決は第二項に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 本訴請求趣旨
(一) 原告の被告に対する別紙記載交通事故にもとづく損害賠償債務は存在しないことを確認する。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 反訴請求趣旨に対する答弁
(一) 被告の反訴請求を棄却する。
(二) 反訴費用は被告の負担とする。
二 被告
1 本訴請求趣旨に対する答弁
(一) 主文第一項同旨
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
2 反訴請求趣旨
(一) 原告は被告に対し、金五四六万〇五六〇円及び内金四九六万〇五六〇円に対する昭和五八年七月二六日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 反訴費用は原告の負担とする。
(三) 仮執行宣言
第二当事者の主張
一 本訴請求の原因
1 交通事故の発生
別紙記載の通り
2 被告の損害
(1) 被告は、本件事故により頸椎捻挫・右上肢及左腿打撲の傷害を負い、事故の翌日より通院治療を受けていたものであるが、昭和五八年一一月末頃までに治癒見込との診断がなされていた。
(2) 被告の収入は、会社社長としての役員報酬と不動産の賃貸料であつて右治療による休業損害は考えられない。
(3) かりに、被告に休業損害が認定できるとしても、医師の診断によれば被告の症状は就労を阻害するようなものでないので休業を余儀なくされた事実はない。
(4) 被告の前記治療による慰謝料は金五〇万円が相当である。
3 原告側の賠償
原告は被告に対し、これまで治療費全額のほかに被告の求めに応じ合計金五四万円の賠償金を支払つている。
4 しかるに、被告は原告に対し休業補償を要求して譲らないので本訴請求に及ぶ次第である。
二 本訴請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実中、被告が原告主張の傷害を負い事故翌日から通院治療を受けたこと並びに会社社長としての役員報酬及び不動産賃貸料の収入があることは認めるが、その余の事実は否認する。
3 同3の事実は認める。
三 反訴請求の原因
1 交通事故の発生
本訴請求原因1記載のとおりである。
2 原告の過失
別紙態様欄記載事実から明らかなとおり、本件事故は原告の一方的な過失に基因する。
3 被告の受傷と通院治療
被告は右事故により頸椎捻挫・右上肢及左下腿打撲の傷害を受け、その治療のために事故翌日の昭和五八年七月二七日から同五九年一二月一七日までの五一〇日間神戸市の劉外科病院に通院したが、その間の実治療日数は四〇七日(約一・二五日に一回)である。
4 後遺障害
被告の右傷害は昭和五九年一二月一七日をもつてその症状が固定したが、なお右側後頸部から肩胛部にかけて筋緊張があつて、殊に悪天候時には頭重頭痛が甚しいほか眼が疲れやすく風邪をひきやすくなり、また右肩関節前部・左足関節内側の軟部組織に肥厚あるいは硬結をきたして運動時の不快感甚しく殊に冷えると痛むなど、局部に頑固な神経症状を残している。
5 損害
(1) 治療費金一五八万〇五六〇円
昭和五九年一月一日から同五九年一二月一七日迄(同五八年一二月三一日迄は原告において支払済)。
(2) 傷害慰藉料金一五〇万円
なお、原告は被告に対し、見舞はおろか一言の謝罪もせず、剰え、被告が通院治療継続中であることを熟知しながら約旨に反して治療費の支払を打切つた。
一方、被告は自動車鈑金塗装等を目的とするアサノ自工株式会社の代表取締役であるが、その実態は従業員十人程度の所請個人会社で被告の個人営業と異なるところがないところから、被告の受傷及びその通院治療によりその営業活動に少なからぬ支障を生じた。
(3) 後遺障害慰謝料(一二級)金一八八万円
(4) 弁護士費用金50万円
被告は弁護士金野俊男に対して本件訴訟手続を委任し、その手数料及び報酬として計金五〇万円の支払を約した。
6 右の次第で原告は被告に対し不法行為による損害の賠償として右計金五四六万〇五六〇円の支払義務があるから、被告は原告に対し、右金額及びそのうち弁護士費用金五〇万円を除く金四九六万〇五六〇円に対する本件不法行為日である昭和五八年七月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四 反訴請求原因に対する認否
1 反訴請求原因1項、2項は認める。
2 同3項のうち、昭和五八年一二月末日までの治療は認めるがその余は不知。
3 同4項は争う。被告に残存する後遺症は「軽度の疼痛」程度であつて、かゝる障害は自賠責保険後遺障害等級のいずれにも該当しないものである。
4 同5項について
(1) (1)の治療費は争う。被告の右上肢および左下腿打撲症は事故後一ケ月以内に治癒し、頚椎捻挫の傷害を昭和五八年一二月末日頃症状固定に至つている。したがつて、右症状固定後の治療は本件事故と相当因果関係はなく、原告にこれを賠償する義務はない。
(2) (2)の傷害慰藉料は争う。被告の傷病は極めて軽度なものであるから、事故日より昭和五八年一二月末までの通院期間に相応する慰藉料としては金五〇万円が相当である。
(3) (3)、(4)は争う。
第三証拠
本件記録中における証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 本件事故の発生
本件請求原因1項の事実は当事者間に争いがない。
二 責任事由
右事実によれば、原告は、自賠法三条に基づき被告に対し、本件事故により被つた損害を賠償する責任がある。
三 損害
1 基本事実
成立に争いのない甲第三号証、乙第二ないし第九号証、第一二ないし第二一号証、原本の存在並びに成立に争いのない乙第一号証、第一〇、第一一号証、被告本人尋問の結果を総合すれば、(一) 被告は、本件事故により頸椎捻挫、右上肢及び左下腿打撲の傷害を受け、その治療のため、昭和五八年七月二七日から同五九年一二月一七日まで劉外科病院に通院(治療実日数四〇七日)したこと、(二) 前記傷害中、打撲症は治ゆしたが、頸椎捻挫については、むちうち症特有の不定愁訴が残り、その後遺症は昭和五九年一二月一七日症状固定したこと、(三) 右不定愁訴は、レントゲン検査の結果において異常が認められないが右側後頸部から肩胛部にかけて筋緊張があり、また右肩関節前部・左足関節内側の軟部組織に肥厚あるいは硬結をきたし、たとえば首を回すと、ボキ、ボキ音がして痛みが出るなど他覚的所見が存在し、局部に頑固な神経症状を残す程度(自賠法施行令別表一二級に該当)のものであること、(四) 被告の後遺症につき、右のとおり症状固定が遅く、かつ局部に頑固な神経症状を残す程度にまで難治性のものとなるに至つたのは、本件事故につき、被告が事故現場の交差点を時速約五〇キロメートルで被告車両を直進中、漫然右折進行してきた原告車両に側面衝突され、その衝撃の大きさに原因していることがそれぞれ認められる。
右認定に反し、鑑定人中野鎌吾は、頸椎捻挫の症状固定は通常六か月、長くても一年、後遺症としては「軽度の疼痛」が適当と思われるとしているが、(1) 被告本人尋問の結果によれば、被告は鑑定人尋問期日の後、同鑑定人から診断を受けたことのないことが認められる点、(2) 前記乙第二一号証によれば、被告の治療に当つた劉外科担当医東山公が後遺症診断書において、被告の後遺症状固定日昭和五九年一二月一七日とし、他覚症状を具体的詳細に記述していることが認められるのに、同鑑定人の鑑定結果は右診断書になんら言及することなく、一般における頸椎捻挫の症状固定日を述べたにとどまる点などに徴し、同鑑定結果を採用することができない。
2 個別的損害
(一) 治療費 一五八万〇五六〇円
成立に争いのない乙第二二ないし第二八号証によれば、被告は、昭和五九年一月一日から同五九年一二月一七日まで前記病院に通院し、その治療費として頭書金員を要したことが認められる。
(二) 営業損失 九〇万円
原本の存在並びに成立に争いのない甲第二号証、被告本人尋問の結果によれば、被告は、本件事故当時自動車鈑金塗装等を業とするアサノ自工株式会社の代表取締役をしていたものであるが、同会社は従業員六名位で法人とは名ばかりのいわば被告の個人会社であつて、被告は現場、事務に従事し、同会社と一体をなす関係にあつたこと、被告が本件事故の受傷により同会社に出社できなかつたり、あるいは出社しても現場の仕事に従事できず、そのため同会社の売上げが減少し、昭和五七年度の営業成績は黒字であつたものが、昭和五八年の八月決算以降継続して赤字になつていること、被告が昭和五八年度にした所得税確定申告には同会社から受ける給料が一か月三〇万円としていることが認められ、右認定事実によれば、被告は本件事故による受傷のため自己の個人会社であるアサノ自工株式会社が営業損失を被つたものであり、その損失額が帳簿等によつて明確化されていない本件では、控え目に見て、被告が同会社から受けていた給料の二か月分すなわち九〇万円をもつて、同会社の名でなすまでもなく、被告において、本件事故による自ら被つた営業損失として原告に対し、請求し得る損害というべきである。
(三) 慰謝料合計二七五万円
内訳
(1) 通院慰謝料 八七万円
(2) 後遺障害慰謝料 一八八万円
(四) 以上(一)ないし(三)の合計五二三万〇五六〇円
四 損益相殺
被告が原告から本件事故による損害金五四万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。
右既払分を控除すれば、残損害は四六九万〇五六〇円となる。
五 弁護費用四七万円をもつて、本件事故と相当因果関係のある損害と認める。
したがつて、残損害は五一六万〇五六〇円となる。
六 まとめ
以上の次第で、原告は被告に対し、本件事故により損害賠償債務として五一六万〇五六〇円が存在するから、右債務が皆無であるとして不存在確認を求める原告の本訴請求は理由がなく、失当として棄却すべきである。
次に被告の反訴請求は、前認定の損害金五一六万〇五六〇円及び内金(弁護費用を除く)四六九万〇五六〇円に対する昭和五八年七月二六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で正当として認容し、それを超える部分は失当として棄却する。
よつて、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 広岡保)
(別紙)
日時 昭和五八年七月二六日午後六時十五分ころ
場所 神戸市須磨区行幸町一―六―一四番地先路上(交差点)
当事者(事故車両)
1 原告保有・運転の普通乗用自動車(大阪五二す六四七四)
2 被告保有・運転の普通乗用自動車(大阪五二す五九四七)
態様 1車が前記交差点を南から東へ右折するに際し右方注視を怠り漫然右折進行したため、折りから東から西へ同交差点を直進してきた2車と接触した。
以上